1950年代、イタリアのフィアットが米国市場向けに開発したスポーツカー「フィアット8V(オットー・ヴー)」は、その誕生の背景から特徴まで、現在も多くのカーファンを魅了してやみません。このモデルは、フィアットが一時的にその通常の大衆車から離れ、スポーツカー市場に参入した意欲的な作品として名を刻んでいます。
第二次世界大戦後、マーシャル・プランによって米国が欧州再建の支援を行いました。その一環でイタリアもその恩恵を受け、イタリア政府は感謝の意を表すべく、米国市場向けのスポーツカーを開発することを決定。そこで、フィアットがこの重要な役割を担うことになったのです。フィアットのCEOであったヴィットリオ・ヴァレッタ氏は、イタリア首相の要請を受け、1952年に「フィアット8V」を発表しました。
フィアットは当時、大衆車メーカーとしての地位を確立しており、500や1100といった実用的なモデルが主力でした。しかし、米国市場向けに作られることとなった8Vは、フィアットの中でも異例の存在であり、他のどのモデルにも似ていない特別なスポーツカーとして生み出されたのです。
「8V」という名前の通り、この車にはフィアット初のV型8気筒エンジンが搭載されました。V8エンジンの採用は、当時の技術担当責任者であったダンテ・ジアコーサ氏が、フィアットのリソースを考慮した結果でした。既存の6気筒エンジンを基にした開発も検討されましたが、ジアコーサ氏はV型8気筒エンジンが最適であると判断し、2.0Lのエンジンを新たに設計することとなりました。
このV8エンジンは、独自の設計で鋳造され、シリンダーバンクを70度に配置することで軽量化とコンパクトさを実現。最高出力は105psから115psに達し、1950年代の他のスポーツカーと比べても引けを取らないパフォーマンスを誇っていました。
1954年の『AUTOCAR』誌の試乗記では、8Vの走行性能について高く評価されており、特にそのハンドリングと路上追従性が称賛されています。0-97km/h加速は12.6秒、0-160km/h加速は35秒で、当時の2.0Lエンジン搭載車としては驚異的なスピードを持っていました。
「この車は、運転そのものが楽しめる『本物のスポーツカー』だ。ハンドルを握ると、ドライバーはまるで車と一体化したかのように感じ、他に類を見ない安定感が味わえる」と記者は述べています。さらに、フロントとリアに独立スプリングを採用しているため、非常に快適な乗り心地を提供しながら、卓越した方向安定性も備えていました。
フィアット8Vは、ただのスポーツカーではなく、当時のイタリアンカロッツェリア(コーチビルダー)たちによってそのデザインも注目を浴びました。ベルトーネ、ピニンファリーナ、ギア、ザガートといった著名なカロッツェリアが、このモデルを基にした個性的なボディを製作し、その美しいフォルムは現在でも多くの自動車愛好家に支持されています。
特にエリオ・ザガート氏の手によるモデルは、1954年のイタリアGPにおいて、ポルシェ356を打ち負かし排気量2.0Lクラスでのトップに立つなど、その高い性能と美しさで脚光を浴びました。このように、8Vはその性能だけでなく、美しいデザインも兼ね備えた名車として輝いていました。
フィアットは1954年までに、114台の8Vを生産しました。この生産数の少なさも、現在の8Vの価値を高める要因の一つです。わずか2年で生産が終了し、その後フィアットがV8エンジンを搭載した車両を製造することはありませんでした。そのため、8Vはフィアットの歴史における「唯一のV8スポーツカー」として特別な存在となっているのです。
現在では、その希少性からオークション市場で数百万ドルで取引されており、コレクターズアイテムとして高く評価されています。この車を所有することは、まさに「走る芸術品」を手に入れることと同義です。
フィアット8Vは、ただのスポーツカーではなく、米国への感謝の意を込めて誕生した特別な車です。その誕生背景から、先進的なV8エンジン、そして美しいデザインまで、まさにイタリアの自動車文化の象徴ともいえる一台です。
今もなお、多くの愛好家がこの車を求め、特別なイベントで目にすることができる8V。その存在感は、時代を超えて人々に愛され続けています。この伝説の名車が生まれた理由と、そしてその魅力を知ることで、私たちは一層フィアットというブランドの奥深さを感じることができるでしょう。
引用元:https://www.facebook.com/AutocarJP/posts/pfbid0gBLipDtfUqvv8iQdd5bi9WcmdBbtzrV3k3teohbV3P9iJ5LUTpEgVEfbYysMSUzsl,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]